おはようございます。みゆきです。
12歳と10歳の息子ふたりを育てています。
早いものでまた夏が来ました。
ということはつまり、我が家が引っ越しをして約1年経ったということです。
比較的都心部にあったマンションから
23区の端の方の住宅街戸建てへ引っ越したのが
2025年8月の終わり。
1年後の夏休みに入り、
あっという間だったね
と家族で振り返っている次第です。
次男は5年生に進級し、
長男は中学校に進学しました。
次男は隣の家に同じクラスの男の子がいたという幸運に恵まれ、
比較的すぐに馴染むことができましたが、
長男は、6年生の2学期から新しい学校、
そしてすぐに中学校進学と、
立て続けに大きな変化を迎えさせてしまい、
大変だったと思います。
「転校、大変だった?」
思春期の時期ですが、こういう簡単なYES/NOの質問なら
答えてくれます。
「うん」
『なにが大変だった?』と聞きたい気持ちを押し殺し
(突っ込んで聞くとウザ!という顔をされる時期!)
「そうか」
と答えるに留めました。
いまでは近所に仲のいい友達もでき、
部活(陸上部)に入り、
それなりに楽しそうに毎日学校へ行っています。
引っ越し祝いに友達がくれた鉢植えが育ち、
でもきっと地植えしたら巨大になってしまって困るのだろうなと我慢している私も、
やはり今の土地に馴染んできたと感じています。
『終の棲家』
死ぬまでここに住むか、はもちろんわからないけど、
『住むかもしれない』とは思えるのです。
以前のマンションでは、
『死ぬまでここに住むわけではない』
といつもどこかで思っていた気がします。
自立
両親の家を出て、
東京でひとり暮らしを始めた時、
『これが自立か~』
とぼんやり思いました。
確かに、親にお金を借りることもなく、
日々の暮らしを自分の給料で賄い、
大人がこなすべき手続きなどをひとりでこなし、
自立はできていたと思います。
でも当然、私ひとりが立つことで精いっぱいでした。
そのまま仕事を続け、
夫と結婚して、長男が生まれて次男が生まれて、
夫とともにコツコツと働き、
『普通の暮らし』を維持してきました。
家を買い、地域に根差し、
自分の幸福度と子供たちの幸福度を維持、向上に努め、
その間も地味に仕事を続け、
『私たちの世界』をここに築いたのだと、
なんか腹落ちしたのです。
経済的にはもちろん言うまでもなく
夫の力が大きかったのですが、
人生それだけではないのは、
夫も私も、あなたも知っていると思います。
中学生になった長男が、学業に部活にと、
日々『世界』を広げていると感じます。
生徒たちだけで電車に乗って大会に行った日など、
帰宅した長男の顔つきが若干変わっています。
とはいえ、声変りを迎えた長男もまだまだ、
『私と夫の築いた世界』の中で保護されながら育っている途中です。
長男も、そして長男に続いて次男も、
いや、順番は前後するかもだけど、
ふたりともいずれ、私たちの世界を離れて、
自分の世界を築いていくわけです。
年長者の保護がないわけですから、
そりゃ失敗しますよね。
失敗をしながら、自分にとっての正解をなんとなく見つけていって、
明確な正解なんてよくわからないまま前に進み、
『そうか、これでいいのか』と、
ふと後ろを振り返って自分の世界を作っていくのですよね。
なんかさ、子供たちの育つ様を見ていて、
だんだんと、自分の記憶に残っている年代になっているわけです。
そうするとどうしても、自分の記憶を思い出すのですよ。
なんであんなに中学時代が苦しかったのか、とか、
不器用過ぎた学生時代とか、
無性に親が疎ましく思えた感情とか、
初めて家を出てひとりで暮らした時の、
心細いような、楽しみのような不安のような、
そんな気持ちとか。
子供たちを応援しながらも、
若かりし頃の自分に向けて、
言ってあげたい。
失敗して当然なのだよ。大丈夫なのだよ。
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