宝の見つけ方

B!

 

おはようございます。みゆきです。

12歳と10歳の息子ふたりを育てています。

 

とうとうあの曲、月の光です。

 

 

た~くさんの人が弾いていて、有名な、きれいな曲です。

 

私ってばさ、譜読みは割と早いのですよ。

楽譜の通りに、スラスラ弾けるようになるまでは、

そんなにかからないんです。

 

でも、弾けば弾くほど思いました。

 

これは先が長そうだ。

 

スラスラ弾いたからと言って、

↑の辻井さんのようには、

先生の見本で聞いたようにも、

聞こえません。

なんか違う。

 

とはいえこの曲は、楽譜通りに弾くだけでもかなり美しいです。

ドビュッシー、さすが。

書いてある通りに弾くだけで、

ちょっとお月さま見えますもの。

 

でもさ、やっぱり先生や辻井さんのような、

水面に月が映った状態で水の波紋が見えたりはしません。

 

雲間からチラチラと月が見える、という感じ。

それもそれで美しいけど、本来もっともっと美しいはず。

 

 

「せんせー、たすけてー

これ以上はひとりじゃわかりませ~ん」

 

先生の前でひと通り、楽譜の通りに弾くと、

まずは盛大に褒めてくれます。

 

すごいー

すごいねー

最後までできてるじゃーん

頑張ったねー

 

 

さて、うん。こっからだよね。

 

「わかってます、わかってますよ。

これは先長いですよね」

 

うん、長いよ。

でも行けるよ。

 

「ほんとですかね?

行けるかな」

 

 

ホラ、ここ見て。

 

一緒に楽譜を追います。

 

 

この左手のバスの音。

半音上がって、次また半音上がって、

次は全音、そんでまた半音。

この響きを使いたいよね。

 

「おお…なるほど。確かに!」

 

 

ドビュッシーは、既に美しいのだけど、

キラキラ美しい全体の景色の中でも、

実は大きなダイヤモンドが埋まってた!

すっごいきれい!

 

ということです。

 

そんなダイヤモンドや美しい石が、

輝く葉が、そこかしこに隠れているのを、

 

『ホラあそこにあるよ』

『あとはこっちにもあるよ』

 

と教えてくれるのが先生で、

 

『おお、確かにありますね』

 

と、知ったはいいけど

それを自分の手で美しく輝かせられるか、

それは持ち帰って練習するのみ。

 

そして、教えてもらった通りにはできなくて、

教えてもらった全部の1割、2割ほどを再現できればいいほう。

それでも十二分に、

最初の私の『月の光』より美しいわけです。

水面の反射くらいにはレベルアップできます。

 

 

先を生き、行き、

あとから来る者に教える人。

先生。

先生なしでは、

ひとりで宝を見つけることはできません。

出来たとしてもすっごい時間がかかるんでしょう。

 

 

でもなんかさ、

『宝の見つけ方』

というか、

 

そこは、

子育てにも通じるところがあるな~って、

思ったのですよね。

 

 

子供ってただただ、経験と知識が私たちより少ないじゃないですか。

だからやり方を知らなかったり、失敗したりするのですが、

でもやっぱり、ただ闇雲に進んでいると、

それでももちろん人生は美しいけど、

先達として『宝の見つけ方』を教えてあげられたらなと、

 

『月の光』を練習しながら思ったんですよね。

 

 

ってことでよく子供たちに教えていることが、

 

『違う森で生きていく』ということ。

 

合わない人、嫌なことをする人、

そういう人は、ただただ違うのだということ。

 

どうにかできることはしなきゃいけないけども、

違う森で生きていくことも考えよう。

同じ森で生きていきたい人を見つけて、

その人たちを大切に、大切にしていこう。

 

同じ森で生きたい人は、もしかしたら少ないかもしれない。

でも、違う森の人に攻撃する必要もないし、

ただ静かに離れるということは、

できるようになっておいたほうがいい。

 

そして、同じ森の人には優しく。

 

私は、『ピアノオタク』を自称する先生に、

引き続き森を案内してもらおうと思います。

 

弾きたい曲がまだまだ渋滞しているのに、

森で咲く小さな花がいちいち美しくて、

ちっとも進みません。

 

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