こんにちは。ワーキングマザー・サバイバルのみゆきです。
とうとう認めました。うちの夫氏。
私「あなたは【家政婦】が欲しかったんでしょ?いや、【愛のある家政婦】だね」夫「うん、そーだね」
この会話をそのまま、ほかの既婚女性に話したら、
「え?!マジで?!それひどすぎてヤバいね」
という反応でした。
そこはまあ、うちの夫のことなので、
その言葉が何を意味するのかとか、なーんにも考えずに、
ただ『ご飯作ってほしい』という思いだけで
安易に認めちゃっただけなんです。
それはちゃんと、わかってはいます。
なので、そんな夫の妻である私は、別に特にショックは受けませんでした。
『だろーね』って感じでした。
「私はね、【パートナー】が欲しかったよ」
と言ったら、
「違いは何?」
と言っていたので、
ここで敢えて定義をしてみようかと思いました。
まず何よりも、【主従関係】vs.【対等な関係】
【家政婦】という言葉には必ず、
雇用主と雇われ人という【主従関係≒上下関係】が含まれます。
愛があろうとなかろうと、そこには金銭や契約に基づくであろう、
絶対的な従う者と従わせる者との関係があります。
対して【パートナー】は、あくまで対等な関係です。
いまの社会においては、たとえ夫婦であってもそこに金銭が絡むと、
人はその関係を【対等】に見ることが難しくなってしまうのですが、
本来、金銭負担がどれだけ偏っても、【パートナー】と呼ぶ時点でその関係は対等なものです。
【愛のある家政婦】は、やっぱり辻褄が合わない。
こんなこと突き詰めて考えるのは馬鹿らしいのかもしれませんが、
うーん…と考えてみたらやはり、
【愛のある家政婦】は辻褄が合いませんでした。
私の知っている、最もしっくりくる【愛】の説明は、これです。
愛とは、棄てないこと。
作家:遠藤周作
そして【家政婦】という契約に基づく主従関係の場合、
雇用主や雇われ人のどちらかが望めば、契約は解除できるもの。
【愛】がある時点でそれは、【家政婦】にはなり得ないことになります。
結局夫の望みは、こういうこと。
『自分のことが大好きで、なんでも言いなりの【妻】が欲しい』
はい、それはつまり誰かというと、
お母さん
ですね。
そう、
やっぱりうちの夫は、【お母さん】を求めているんです。
何を言っても許してくれて、
世話を焼いてくれて、
どれだけ放っておいても、気が向いたら行けばいつでも受け入れてくれて、
何があっても自分を愛してくれる存在。
主従関係ではありませんが、そこにはもう、無条件の【愛】があるわけです。
何かの記事で読みました。
妻に【お母さん】を求める男性は、結婚がうまくいかない男性の典型だそうですwww
ま、私も子供がいなければ、喜々として成人男性と【おままごと】してたかもしれません。
いや、この結論、むしろ笑えます。
へ?もちろん。私には息子はふたりしかおりません、はい。
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お忙しいところすみません。。
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自分以上に頼りになる人、いますか?