おはようございます。ワーキングマザー・サバイバルのみゆきです。
これを『初恋』と大人が勝手に称するのもはばかれるのですが、5歳長男、保育園の同じクラスのマミコちゃん(仮名)を慕っています。
母がその事実を目にしたのは、数週間前の近所の公園でした。
家族4人で公園で遊んでいると、同じ保育園のマミコちゃんが現れました。
長男にそれを伝えると、普段私には見せないような、はにかんだような、溶けるような、そんな笑みを浮かべて彼女の元へ。
そこからはもう、母の存在なんて目に入らず、ひたすらマミコちゃんの後を追いかけて走り回ります。
マミコちゃんは、超絶美少女です。
頭が小さく、顔の中で、長いまつげを備えたクリクリの目が占める割合が明らかに高すぎます。
『お花のようだな』と、いつも犬のような男児ばかり見ている私は思います。
おそらくご本人も、自分がカワイイということをご存知です。
でもお高くとまることもなく、元気に走り回り、こちらの目を真っすぐに見てお話する、とても素敵な子です。
その日はずっと彼女と一緒に、公園の隅で遊んだりして過ごし、近くの児童館的な場所でDVDを見せてもらう間も、ずっと手をつないでいました。
それを見た夫(43歳)はこう言いました。
「アイツすげーな、好きな女の子にちょっかいとか出さないの。
手つないで、普通に話しかけて、高校生レベルじゃね?」
次の日は保育園で、いつもの通り保育園から家に帰ると、
「マミコちゃん、いないの?」
「おうちにマミコちゃんいるわけないじゃん。」
「マミコちゃん、好きなんだ・・・」
そっか・・・好きなのか・・・いいじゃんか。
相手が誰であれ、どういう種の思いであれ、人から言われたわけでもなく、自発的に『好きだ』と思うこと、それを口にしてもっと好きになること。
なんと尊く清い行為であろうと、41歳の私は思います。
親の存在しない世界を徐々に広げようとしている5歳の我が子に頼もしさも感じます。
しかしありがちですが、マミコちゃんが好きなのは、保育園の男の先生だそうです。(推定22歳)
それを自ら告げる時の長男の悲しそうな顔。
そして聞くところによると、その先生は別の保育士さんとお付き合い中の模様。
若者たちの悲喜こもごもに目を細め、言葉もなくうなずくママたちの図。
20数年前、私や姉が子供のころ、我が家にはタブーがいくつかあったと、たまに姉と話します。
お金のこともそのひとつでした。
お金のことを話したり、興味を持つことはタブーでしたし、特に子供にはお金の話はしない、という方針だったようです。
そして、『色気づく』というか、異性関係もタブーでした。
いつまでも子供で、子供らしくあれ、と言われているようでした。
アクセサリーを着けたり、化粧をしたり、女の子らしいオシャレをしたりすると、あからさまに嫌な顔をされました。
だから私は、アクセサリーなどを家では着けず、外へもって出て着けていました。
姉も同じことをしていたことを、つい最近知りました。
当時の私にはそれが普通であったし、思春期ならではの反抗心の中で一緒くたになってゴチャゴチャでしたが、いま思うとそれは、親の価値観の押し付けであったと認識しています。
だから私はできるだけ、彼らがあるがままに、向かうがままにして、それを受け入れ認めてあげようと思っています。
実際どこまでどうできるのかは今はわかりませんが、法に触れたり、身体的な大きい危険を伴わない限りは、彼らに任せられたらいいな、と。
傷つくことも
傷つけることも
失敗することも
後悔することも
苦しむことも
悩むことも
本来彼らの権利であるからして、親は見守り、そこにいるだけなんだよなぁ~
なんて、マミコちゃんを見つめる澄んだ目に、母は思うのであります。
別にもう、私は今さら両親に対してわだかまりもなく、彼らも彼らなりにベストを尽くしたのであろうし、良い面もたくさんあり、だからこうして私は、死にもせず逮捕もされずに生きているわけで、きっとそういうものなんでしょう。
先日父と少しだけ話す機会があり、孫(うちの息子ら)の写真を見ながら父はこう言いました。
「子供ってね、どんどん大きくなってね、どんどん大きくなってね、
そのうちイッチョマエの口を利くようになって、親に説教し始めて、おもしろいよ~。
大事に大事に育ててください。」
「うん、大事に育てる。」
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