おはようございます。
そしてあけましておめでとうございます。
知ってます。
最近実はすっかり、ブログ更新を怠けております。ハイ…
忙しい忙しいと言い訳をして、
自分を甘やかす癖がついてしまいました。
46歳になっても人間というものは…
10歳と7歳の息子ふたりを育てています。
夫と共に、在宅勤務で共働いております。
小4と小2の子供たち。
都内の公立小学校へ通っています。
先日次男が、お友達と喧嘩をしたと、学童から帰ってきました。
なんでも、先週末に一緒に公園で遊んだ時に
お友達のボールがなくなってしまい、
それが次男のせいになっていると。
次男の言い分を聞くと、ボールは結局みんなで遊んでいたので、
なくしたのもみんなの責任だと
『大人は』思いますが、
子供の理論では違うようです。
学童職員さんの助けを借りて、
なんとか解決したようですが、
次男の心にはまだわだかまりが残っている様子。
仲が良かった友達に急に責められて、
驚き、傷つき、ばつが悪いような、
また責められるんじゃないかと怯えている、
そんな感じでした。
そういうの、子供の時によくあったな~・・・
とにかく『ごめんね』と謝るのか。
悪いと思っていたら『ごめんね』するのか。
もしかしたら普段からわだかまりがあったのか。
夫が次男と話し合い、教え諭していました。
大人になると、大抵の人間関係の問題は話し合いで解決できるし、
解決できなければ離れていけばいいだけだけど、
子供のうちはそういうわけにはいかず、
運が悪ければこじれていきます。
そしてそれとはまた別の話で、
最近事情があって、子供たちの習い事先を変えました。
転職の手順で
A→Bへ移る手順を踏んでいたら、
そういう簡単な話ではないということが
途中でわかりました。
要は、運営している側の大人たちの事情と、
面子の問題、建前や、義理、付き合い、
そういうものの影響で、
子供たちの活動が一時停滞するのが
『しきたり』だった様子。
そんなこんなで、
夫と『世の中の理不尽について』話すに至りました。
夫は昔から、
『世の中というものは理不尽だから、
理不尽に負けない何か(武道とか)を
身に着けておくといいのではないか』
と言っていました。
私はずっと、
『世の中は理不尽なのか?』
と考え続けていたのですが、
この度謎が解けた気がします。
社会人として働いていた時、
『理不尽だわ~・・・』
と感じたことはあまりありませんでした。
問題や課題はいつだってあったけど、
それは自分の言動や要望に起因していたり、
面倒でも頑張れば解決できたし、
それでも解決できなければ、
その場から離れれば他に行き場がありました。
だから、
問題や疑問⇒理不尽
となる前に断ち切ることができた。
でも今思うとそれは、
私が運良くそうすることができる立場にいた、
つまり、ある程度の社会的強者だったから、
なのだなと。
『世の中だいたい自己責任~♪フフン~♪』
と思うほどに世の中を知らずに済むような強者だった私も、
妊娠して出産した途端に、
『またまた~、ウソだよね~・・・
え?ウソじゃないの?』
という理不尽なことに出会い、
一時気を失いました。
子供を公立小学校に入学させたら、
理由がよくわからない校則に驚きました。
『これはもしやマイルドな癒着?』
と思うような学用品の指定。
大人たちの利害に振り回される子供たちと、
一緒に振り回されまいと踏ん張る親たち。
でも結局は振り回されるしかない親たち。
ボール遊び禁止の公園。
行き場のない、高学年の小学生たち。
交通手段が限られる都内の子供たち。
親の経済力である程度は跳ねのけられるものもありますが、
要は、
『理不尽』はいつだって、
社会的に弱い人、
より弱い人のところへ集まるのが、
社会なのだと思うのです。
掃除しても掃除しても
海のゴミが集まってきてしまう砂浜みたいに、
理不尽は弱い側へ押し寄せてくるのです。
大人になったって、
社会的弱さを抱えていればまた同じことです。
あのまま会社でずっと働いていたら見えなかったことが、
子育てを通していろいろ見えてきて、
まだまだ見えていないものがたくさんあるのだと、
またまた改めて思った、
2024年の正月。
今年もよろしくお願いします。
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いつも応援いただき、本当にありがとうございます。
本当は不安でたまりません。