おはようございます。みゆきです。
10歳と8歳の息子ふたりを育てています。
夏休みも、残り2週間弱。
うちの子たちは、暑くて遊ぶ場所が無いなりに、
夏を遊び倒しています。
毎日毎日出かけて行って、
児童館やら友達の家やら、時に屋外で(熱中症気をつけてね!)遊んで、
汗だくで帰ってきます。
たくさんご飯を食べて喧嘩して、テレビを見て早く寝る。
子供時代を謳歌してる、って感じ。
我ながら、教育には熱心じゃありません。
夏休みの宿題も、完全に本人たちに任せています。
「感想文、本読まないで書いちゃった~(笑)」
なんて大声で言われると、
ちょいちょい待った・・・
と思いますが、グッ・・・と我慢。
先生たちにはお手間をおかけして申し訳ないのですが、
先生に怒られたり、見抜かれたり、
というところまで、本人たちに経験させたいなと思うのです。
あ、単純に自分がラクをしたい、っていうのもありますが。
アハハ・・・
勉強はまぁ、最悪できなくてもなんとか生きていけるし。
教育論に始まり、
『生き抜く力』的な話は、各家庭、各人で
価値観も基準も様々ですよね。
でもやっぱり、回りのご家庭の教育熱には、
いつも感心するというか、
すごいな~と、思います。
子供が『やりたい』と言えば、
(言わなくても、の場合もあるけど)
それが勉強系なら、自分が多少無理をしてもやらせてあげるのは、
すごいな~と。
私はそこまで自分を犠牲にできず、
『私がおかしいのかな。
もっとちゃんとやらせてあげた方が良いのかな』
と、結構な頻度で迷っていたのです。
「俺も塾行きたい。」
「俺も受験したい。」
長男も次男もね、言うんですよ、たまに。
でもさ、小学生の塾通いとか受験て、
本にも大変だけど親も大変だって聞くし、
大変さも想像がつくじゃないですか。
だから、断るんですよ。
「大変だからやだー。
勉強も塾も、
自分だけで頑張れるようになったら
やればいいじゃん。」
でもさ、
世の親御さんたちは、
大変でも子供のために頑張っているんだよな~とね、
思うには思うんです。
だからやっぱり時に不安になったり、
焦ったりするんですが、
そんな話を夫としていまして。
「将来子供たちに、どうなってほしいとか、
思ったりする?」
夫にそう聞いたんですが、
その答えにすごく納得したというか。
「子供に『こうなってほしい』って
俺は全然ないなー。
だって、わかんなくない?
思う通りになるわけなくない?
選択肢も多すぎるし。
だから、『こうなってほしくない』
っていうのだけ、あるかな。」
「なるほど~・・・
どうなってほしくないの?」
「いわゆるニートっていうの?
働かないとか、経済的に自立できないとか、そういうのだけ。
自立さえしてくれたら、あとはなんでもいいかな。」
夫は決して、子供たちに興味が無いわけでもないんです。
子供たちの素行に関する教育は、
むしろ夫のほうが先導してやってくれています。
嘘はつかない、『ありがとう』と『ごめんなさい』はちゃんと言う、
取り返しのつくこととつかないことの区別、
言葉遣いなど、いつも夫と話し合い、
子供たちとひざを突き合わせて根気よく話しているのも夫。
(私もやるけどね)
その上で、
『自立さえしてくれたら万々歳』
というスタンスでいるのだと知り、
なんか安心したというか。
よく考えたら、いや、よく考えずとも、
私も夫も、結構適当に生きてきたと言うか、
大道ではない道を辿ってきて、
そして今、結構ふたりとも幸福度が高いので、
それこそ『生存者バイアス』なんだけども、
大道を行かなくても、そこそこ楽しく幸せに生きられることを、
なんとなく知っているから、なのか。
そんな、舗装された道も砂利道も、獣道もある中でも、
どの道でも身を助けるような、汎用性のあるもの。
例えば言葉遣いとか、お行儀とか、
本を読むこととか、心の安定とか、
そういうことだけ最低限徹底させていきたいなと。
そうする中で私たちは、
私たちの心の余裕を確保して、
無理せず、身の丈に合った、
生育環境を用意出来たらなと。
いやもうさ、年齢的にあんまり頑張れない、
っていうのが正直なところだったりもするかな~(笑)
ほどほどでいこうよ(笑)
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最後までお読みいただきありがとうございます。
ひとりでできることには限りがある。