おはようございます。みゆきです。
12歳と10歳の息子ふたりを育てています。
くっそ~、アイツめ。
夫と喧嘩するとき、その原因は大抵の場合、
言い方の問題です。
もしかしたら、世の中の喧嘩という喧嘩の原因のほとんども、
言い方なんじゃない?知らんけど。
言い方が9割。
本当にそうですよね。
夫の言い方にムカつき私が怒り、
私の言い方にムカつき夫が怒り、
売り言葉に買い言葉でまたお互い怒り。
くっそ~、アイツめ。
しかし最近、やっとわかってきたというか、
腑に落ちてきたというか。
夫がいる楽しさ&安心感と、
夫がいるからこその煩わしさは、
表裏一体。
夫がいなければ『アイツめ~』と腹が立つこともないけど、
夫がいなければ、
『今日は一緒に日本酒でもどう?』
と誘われることもないし、
美味しいお酒と刺身に『美味しいね』と目を合わせる人もいないわけです。
夫がキッチンカウンターに置きっぱなしにしているコップに舌打ちすることと、
子供の赤ちゃんの頃のエピソードに夫と一緒に笑うことは、
表裏一体なのです。
いや、何事も、ほんとーに、表裏一体。
なに?そういう風に決まってるの?
それとも、人間がそういう思考をする生き物なの?
光があれば陰があり、
陰があるからこそ光があり。
なんて言うけどさ、
子供に手がかかって、お金もかかって、
自分の人生の一部を子供のために費やす重労働と、
だんだんと育ち、他の誰でもない自分だけを求める存在と、
それも表裏一体でしかない。
子供がいなければ、
時間もお金も自分の自由に使えて、
結婚していれば夫とふたり、悠々自適に暮らせる。
でもその代わり、キラキラした目で飛び跳ねる子の隣で、
人生2周目、3周目を経験することもないわけです。
何事も表裏一体。
たまに、隣の芝生が青く見えるのは、
隣の人の持っているものの表面と、
自分の持っているものの裏面を
間違えて比べてしまっている時。
比べるべきは表面と表面、でもなく、
自分の持っているものの表と裏。
なんじゃないかなと。
自分の持っているもの(子供とか夫とか仕事とか)の表に対して、
裏があまりにも重すぎるとき、
多分それは表裏一体なのではなく、
もはや苦痛でしかなくなるのかなと。
夫がいる楽しさと安心感が乏しいのに、
夫がいる煩わしさが大きいのが、
モラハラ夫だったりするわけで。
子供はもちろんかわいいけど、
その負担が大きすぎるのがワンオペ育児かもしれないし。
でもね、この表裏一体は『表』が勝ちすぎている。
意図していなかったんですが猫の話に帰結してしまった。
表裏一体を考えたのですが、
猫はほんと、お世話(裏面)がラクなのに、
むちゃくちゃカワイイ(表面)という。
猫にもよるのか。そうか。
猫のお世話なんて、ご飯とトイレ掃除と、
遊んであげること、くらい?
それなのに、
いつ見てもどこから見てもフワフワで。
自分よりも小さく小さく弱い生き物が、
自分を信用してそばで無防備に寝る姿、
からしか摂取できない栄養があると思います。
いや、これがもしかしたら、
『好き』の正体なのか?
何事も表裏一体だけど、
『表面が勝ち過ぎているっっ!』
と感じることが、好きなことなのかも。
いや、わからんけど。
では今日も、私の表裏一体たちのために、
ご飯を作りに行ってまいります。
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最後までお読みいただきありがとうございます。