おはようございます。ワーキングマザー・サバイバルのみゆきです。
6歳と4歳の息子ふたりを育てています。
6歳長男、着々と少年の成長過程を歩んでおります。
なんだかだんだんと、自分の記憶にも残っている年齢になって来て、
『あー、私も同じようなことしてお母さんに叱られたな~』
みたいなことが増えてきました。
自分の思い通りにならないことに怒り、癇癪を起し、
八つ当たりします。
要するに甘えているんですが、3歳が同じことをやるのと、
6歳がやるのとでは違います。
「思い通りにならないことも多いんだよ。
嫌なんだろうけど、それで怒るのはやっぱり違うよ。」
これを何度も何度も、何度も何度も繰り返すことで、
少しずつ回りとの擦り合わせをしていくんですよね。
頻繁にやられるほうは時にイライラもしますが、仕方ない。
大好きなスイミングで、やらかしました。
大好きなスイミングで、大好きな先生で、
もう楽しすぎたんでしょうね。
要は調子に乗って、レッスン中にいたずらをしまして、
大好きだった先生にこっぴどく叱られました。
私は上からガラス越しに一部始終を見ていたんですが、
まぁ、怒られて当然だし、適切な叱り方をしていただいたと思います。
レッスンを終えた長男は、
「もうスイミング辞める。」
「あー、そお?辞める~?」
としれっと聞いてみると、
迷った末に、
「違うコーチなら、いいけど。」
本当は大好きなスイミング。
でも、許してくれると思って甘えた先生に撥ねつけられて、
裏切られたようでショックなんでしょう。
でも、人付き合いってそういうもんですからね。
見ていたらヒヤヒヤしたし、
怒られてしょげて泣いている子供を見ると胸がキュッとなりますが、
ちゃんと考えるとやっぱり、
良い経験。
ふざけてはいけない場があるということ。
甘えてはいけない範囲があるということ。
そういうのは経験を通してしか学べませんからね。
私だって痛い目に遭って頭を掻きむしって歯ぎしりして後悔すること、
いまだにありますから。(40過ぎやぞ?)
しかしつくづく、
親の次に出会う大人である『先生』(保育園や習い事、学校含めて)の影響は
人にとってすごく大きいなと、思いました。
例えば私の場合、
小学校中学年に、『美大卒だ』と豪語する先生に、
自分が描いた絵を見せたら
「なにそれ?」
と眉をひそめられ、
以来絵で自分を表現することをやめました。
その後の美術の宿題は、ほとんど姉の作品をコピーしたりして凌ぎました。
自分は絵が下手で、あんな思いはもう二度としたくないと、
心に決めました。
「なにそれ?」
と言われた直後、ショックで固まり、
逃げるように筆を洗いに廊下へ出て、
流れる水道の水を見つめながら、
動悸が収まるのを待ったのを覚えています。
夫にしても、
ある先生の仕打ちのせいで、
ある文化、価値観を嫌悪するようになり、
傍から見ていると、
彼の人生に何かしら影響を及ぼしていると思います。
しかしだからと言って、
子供のころにそんな、傷つくような経験が全くなければ良いか、
と言われたら違うんでしょうし、
そんな苦い経験も含めて、
いまの私や夫があるわけで、
不当で理不尽だったとしても、
その経験そのものよりも、
その後のケアの問題、なのかもしれません。
ということで失敗の後の長男、
親として何か語るべきなのか、
考えながらチャリンコを漕ぎましたが、
上手いこと言えませんでした。
賢い子なので、言葉で言わなくても自分で何かを見出すと思うのですが、
きっと次回スイミングに行った時、
叱られたときのことを思い出すんだろうなと思うと、
また胸がキュッとなります。
でもホント、もうそろそろ、
『見守る』時期になってきたなと。
まだ目は離せませんが、
私が手や口を出さないほうが良い場面も出て来ました。
ね。
つい、つい手を出したくなってしまいます。
時にグッと堪えて、見守るだけにしたいと思います。
は~・・・大きくなった。
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いつも応援いただき、本当にありがとうございます。
本当は不安でたまりません。