役に立たない夫問題の斬新な解決策

 

おはようございます。ワーキングマザー・サバイバルのみゆき(@miyuki_thewm)です。

息子ふたりを育てながら、共働きのお金、子育て、仕事や世の中のことなどについて書いています。

 

特に自分の母が手伝いに来てくれたり

同じ子どもを持つ女性の友人が家に遊びに来たりすると思うのですが

つくづく、家の中の夫って役に立たないなーと。

 

家事にしても、子育てにしても。

もちろん、私の視点からの『役に立たない』であり、

私がすべてを正しく完璧に満たしているわけではないので、とても主観的で自分本位な心の声ですが。

 

実際私の知人にもいますし、よく聞く話としても、

夫が家事、育児に協力してくれないから子供を連れて離婚する、という女性は、たくさんいると思います。

私もその可能性がゼロだとは、まだまだ言えません。

 

特に経済的に自立している女性、実家が頼りになる女性にとっては

その選択肢はとても魅力的に思えるはずです。

私だって実際、実家がもっと近くて裕福な家だったら、今よりももっと離婚の可能性は高くなると思います。

 

「こんな役に立たない夫と暮らすくらいなら、

実家で両親と子育てしたほうがずっと良い。」

なんて。

 

たとえ今は離婚していなくてもそんな風に思うんだったら、と思いついた斬新な解決策です。

こういうの、どうですか?

 

『男も女も、みんながみんな生まれた家で死ぬまで暮らす』

 

たしか中国かどこかの村では今でも実際にこのシステムだと聞いたことがあるのですが、

結婚しても、暮らすのはそれぞれの実家、通い婚のような感じ。

子供が生まれれば、籍は夫の子供ということになるものの、暮らすのは母親の実家。

育てるのは母親とその親や兄弟や親族。

つまり、女の生まれる家が絶えないことになります。

男しか生まれなければ、その家は断絶することに。


photo by Kevin McGill

 

でもこうすると、男も女も、自分の家族とともに食べていくためには

それぞれが経済的に自立する必要が出てくるので、仕事での性差は出にくいだろうし、

子育て環境としては申し分ないと思いません?

通い婚のほうがむしろ、夫とも円満に夫婦を継続していけるでしょうし。

夫にしたって、家事やら子育てやら面倒なことしないで、自分の子供が持てることに。

 

実際やっぱり、今の核家族というスタイルで

女ひとりで家に閉じ込められて子供育てるって、

相当無理があると思います。

 

実際やってみたひとりとして、心底思います。

 

つい数日前にニュースで見たのですが、

 

-(おそらく専業主婦の)30代の母親が、子育てに悩んで3歳の娘の首を絞めて逮捕、 娘は意識不明の重体-

 

これを見た夫は、

 

「いくらなんでも子供の首絞めちゃダメでしょー。

だったら子供置いて出て行けばいいのに。」

と言いました。

 

でも私からすると、

 

そこまで悩むほど放っておいた旦那さんも悪い

 

と思いました。

 

もちろん子供の首を絞めるなんてもってのほかだし、絶対にそれ自体が許されることではないですが、

このお母さんの気持ちが、私には少しはわかるような気もしました。

【子育てが孤育てにならないように】

 

なんて自治体がいろいろと標語など作ったりしてますが、

そもそも1対1で子供育てるほうが無理な話なんですよね。

 

とはいえいろんな人がいるので、中には訳がわからなくなって極端な行動に出ることでしか

そこから抜け出せない人が出てきてしまうんでしょう。

 

実際私も、長男が生まれてすぐ子育てを甘く見ていて、自分の母親を含めて

あまり人に頼っておらず、生後2ヶ月くらいで自分の食欲がなくなり、気力も失せていることに気づき、

慌てて対策をとりました。

 

私はなんとか乗り切りましたが、今の世の中では子育て中にあえて外に出て他人と絡むのが

どれだけ大変か、実感しました。

 

それでこその、『ずっと実家で暮らす』提言です。

 

家庭内で自分以外の唯一の大人である夫が、子育てにおいてここまで頼りにならないとは

私も想像すらしていませんでした。

 

今の私たちを苦しめている役に立たない夫を育てたのは私たちの親世代であり、

その親に育てられた私たちは、将来の役に立たない夫を育てているのかもしれません。

そして社会、世の中はどんどん変わっていますので、今良いと思うことが10年後当てはまらない

ということもあり得ます。

息子ふたりを持つ私にすると、問題は切実です。

そこで息子たちに養っておきたい意識について考えました。

数年前に読んだ本に書いてありました。

 

今の常識や習慣が正しいとは限らない。 常識や習慣という言葉は、なんでも正当化できる無敵の言葉ではない。 実際つい数十年前までアメリカでは肌の色でバスの座る席が決められていることが常識だった。 いまやそれは非常識である。

 

どの本だったかも忘れてしまったのですが、たしか上野千鶴子さんの本だったと思います。

それまでなんだかモヤモヤしていたことを、きっぱりと言葉で表してもらった、

そんな感覚を今でも覚えています。

私が仕事をしながら長男の世話をして、おまけに次男を妊娠して限界が来て、

夫に助けを求めたとき、彼が言ったことがあります。

 

「自分の母親も他の母親も、子育ての主導権は女が握るもんだと思ってた。

それが正しいとも間違ってるとも、考えたことも無かった。」

 

こちらの訴えが正当だと思えば素直に受け入れようとしてくれるところは

彼の良いところだと思いますが、息子には更にその先を行って欲しいと、

贅沢な母親としては思ってしまいます。

 

例えば、愛する人が困っていたら助けたい。

困っている人がいたら助けたい。

愛する家族と幸せに暮らしたい。

自分勝手な欲で人を蹴落としても、決して幸せにはなれない。

たとえばこういう自分の中の根本的な意識や倫理観と、

そのときの常識や習慣や固定観念とを冷静に天秤にかけて、正当な決断が出来る

そんな勇気と知恵が、身についてくれたらいいな。

 

なんて、実際なにをどう教えたらいいのか、見当も付きませんが。。

子育てや今の生活にもし何かしら問題を抱えているとしたら、

その問題の大半は夫たちが関連している、もしくは夫さえ協力してくれれば解決できるもの

なのではないか、と思います。

 

もしそういう状態なのであれば、何か解決の糸口になり得るような情報を共有できればいいな、

なんておこがましいですが、少し思うわけです。

 

「一緒に頑張って、一緒に幸せになろう。」

 

一度夫に、そう言ったことがあります。

HUGABUG@Neutral

 

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