おはようございます。みゆきです。
10歳と8歳の息子ふたりを育てています。
春休みです。
新3年生の次男も学童に入れず。
(保育園の待機児童もだけど、
学童の待機児童もそれなりだよね・・・)
夫婦とも在宅勤務なので常に誰かが家にいるとはいえ、
なんせ働いているので
子供らが家にいても仕事にならないし、
大変ではあります。
しかし気づけば10歳と8歳。
少しずつ、少しずつではありますが、
兄弟喧嘩もマシになってきました。
言われてみたら去年のほうが大変だったと
夫と気づいて、
感慨深い思いです。
- 我慢スキル
- スルースキル
- 手加減スキル
- 言い方に気を付けるスキル
毎日見ていると遅々として進んでいないように思える
子供たちのそんなスキルも、
長い目で見ればちゃんと身に着けていたわけです。
「ママ~!ひま!」
長男がよく、私に言います。
甘えっこですね~!
大人、そして親だと、
子供が好きそうな、食いつきそうな遊びを考えることは可能だと思います。
パズルは?
この本は?
漫画?
これなら分解していいよ?
つい、タブレットやスマホを与えたくもなります。
でも、敢えて放置。
リビングで夫が仕事をしているのでテレビも無し。
当然ゲームも無し。
タブレットやスマホは無し。
図書館から借りてある漫画も読みつくし、
家にある本はなんか目新しさが無い。
こういう中で、自分で自分をエンターテインするって、
案外大事なことだと思うんですよね。
私は子供のころこういう時はよく、
図鑑を眺めていました。
やっぱり動物図鑑だったかな。
1ページずつめくって、
そのページの中で自分はどれがいちばん好きか。
なぜそれが好きか。
それをひとりで考えて、またページをめくって、
というのを繰り返していました。
あと、なぜか好きだったこの絵本。
なぜかひとりで何度も音読していたのを覚えています。
良い調子に読めないもんかと、
いろんな読み方をしてみたり。
少し大きくなると、
習っていたエレクトーンの練習をやったり、
音楽を聴いたり。
刺激の強いゲームやテレビ、スマホなどで
空いた時間を埋めていると、
自分が本来好きなもの、好きなこと
それらが発する、かすかな声に気づかない気がするんです。
姉は暇な時間は
とにかく絵を描いたり、
工作したりして過ごしていたそうです。
私には『本しかない部屋』に見えた同じ部屋で、
姉は『紙と鉛筆しかない』と思ったのだと思います。
姉はもうずっと、
高校生になっても大学生になってもとにかく絵を描いていました。
たまに覗くとえらい上手くて、
『私は絵を描いてはいけないな。こんなの絶対適わない』
と思いました。
年を取ってみると、
自分が何か好きか、
実はよくわかっていないということが、
よくわかります。
いざ時間が空くと
スマホを見てNetflixを見て、
それにも飽きたとき、
『あれ?私って何が好きなんだろう?』
そう考えるとよくわからなくて。
でも実際は、
そういう、かすかな声に導かれる時間が
いちばん『豊かな時間』だったと思える気がしたりして。
だから敢えて、
「ひま?そうだね~・・・」
と子供も放置。
そうするとやっぱり、
長男はひたすら本を探し、
次男は折り紙、あやとり、コマ回し(うるさい)と、
それぞれに個性があります。
50代に突入した姉。
しばらく仕事に忙殺されていました。
収入も高い分プレッシャーも大きい仕事でした。
転職を機に少しのんびりすると、
またかすかな声が聞こえるようになったと言います。
「お裁縫、ちゃんと習ったことないから
習ってみようと思って。」
いいねいいね。
うちの子供たちは、
私のこんな意図も、
話したところで
『ピンときませ~ん』
という顔しかしないし、
私の親だってそんな意図があったとは限らないけど、
『暇を持て余す』
という余白が、
子供の想像力とか創造力とかを
育んだり?
するんじゃないかな?なんて?
少なくとも私の子供時代には
必要な余白だったなと
思うわけですよ。
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いつも応援いただき、本当にありがとうございます。
本当は不安でたまりません。