私はサンドバッグ

 

おはようございます。みゆきです。

11歳と8歳の息子ふたりを育てています。

 

長男、11歳になりました。

大きくなったけど、

まだまだ大人ではない、

力強くもあり、たくましさもあり、

でももろさも同じくらいに持ち合わせる時代。

 

もうとにかく日々、

感情の振れ幅が大きい。

 

ゲームのこと、テレビのこと、次男のことなどで

烈火のごとく怒り、鬼瓦のような顔をして泣いたり、

かと思うとすぐに

キャキャッと笑ったり。

感情がコロコロ変わって、

しかもひとつひとつの感情が大きい。

 

本人も大変だろうけど、

見守っている方も疲れます。

 

 

うちだけ?私が甘やかしすぎた?

 

わからないんですがとにかく、

『反抗期』というのともちょっと違うけど、

 

とにかく、

 

カチン!

 

と来る言動がボチボチ。

 

 

ふとした時に、ものすごく失礼な態度を取られたりして、

 

はああ???

 

となって、

 

あ、子供か。そうか、知らないのか。

 

と気づいて、

 

いやまて、でもパパには同じようなことはしない。

なぜならパパはすぐ怒って怖いから。

私は怖くないから甘えでもある。

わかってやっている部分もある。

 

受け止めてあげる部分、

無視して流してあげる部分、

それでもやっぱり教え諭さなければいけない部分。

時に私だって感情のままに怒ったり悲しんだりしていい部分。

 

 

カチン

 

と来たら一旦離れて、

落ち着いて考えて・・・

 

と日々対応しているんですが、

そういう時にはいつも思い出します。

 

 

私も相当、お母さんにひどいことしたな~・・・

 

記憶にあります。

小学校高学年ころ。

なんだかとにかく、お母さんが

『カッコ悪く』『ダサく』『恥ずかしい』

そんな存在に思えて仕方なかった。

 

たしかなんか学校で、

保護者が参加するドッヂボール大会のようなものがあって、

母が飛んできたボールをよけて、

 

あぁ~っっ

 

と言いながら、笑いながら、逃げ回っていたこと。

それを見ていた自分のことを覚えています。

 

『ダッサ・・・はずかし・・・』

 

そう思ったのを覚えています。

嫌悪感。

 

しかし今ならわかる。

そんなドッヂボールに母が参加したのは私のため。

大人がドッヂボールなんて、絶対やりたくなかっただろうに、

私のために参加してくれてたんです。

そういうの、やりたくなくてもちゃんとやってくれる母だった。

 

母に直接ひどいことを言ったことも何度もあるし、

そんな記憶もいくつかあります。

 

そのたびに母は、笑って流してくれたり、

怒って立ち去ってくれたり、

あとから、

『人にそんなことを言ってはいけない』

と根気よく話してくれたり。

 

 

ああぁ・・・お母さん、ごめんなさい・・・

 

 

そんな時たまたま母から電話がありました。

 

母に少し愚痴を聞いてもらい、

「私もたくさんひどいこと言ったね」

と言いました。

 

 

そうね、と母は笑い、

母の覚えている、私のひどい言動の話をしてくれて、

一緒に笑いました。

 

3人子供がた叔母は、

同じように子供たちに腹が立った時には、

ビニール袋に茶碗を入れて、上から叩いて割って

(最初に袋に入れないと掃除が大変だから!)

ストレス解消をしていたらしい、

 

なんて話も教えてくれて、

一緒に笑って、少し気持ちがラクになりました。

 

 

『なんか私、サンドバッグだなぁ・・・』

 

子供につらく当たられて、

でも相手が子供だけに、

怒りはすれど冷静に教え諭さなければならない時、

よくこう思うんです。

 

サンドバッグというか、

練習台?

いやいや、その時点でサンドバッグじゃないか・・・

 

 

殴られても破けず、離れず、

また戻ってくるサンドバッグ。

そこから学びを得られる、サンドバッグを使った練習。

 

ほら、サンドバッグじゃない?

いやもちろん、始終殴られるわけじゃないけどもさ。

 

 

 

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