知らないほうが幸せだったのか 私も、あなたも

 

おはようございます。ワーキングマザー・サバイバルのみゆきです。

 

ずいぶん昔、もう誰だったかも忘れてしまったのですが誰かに、言われました。

 

「みゆきさんは、困ったことを困ったままにしない人」

元来私は単純で呑気なので、当時は誉め言葉として受け取ったのですが、

最近になって折に触れて、あれは『トホホな人』という意味で言ったのではないか、と思うようになりました。

考えながら書いているので、まとまりのない記事になる感じがビンビンしていますww

 

出産して母親になり、ワーキングマザーになり、

「なんかおかしい、なんかおかしい」

と胸がモヤモヤするようになって、その理由を調べまくりました。

そして行きつき、深堀りし始めたのが、ジェンダーの話です。

↓懐かしい記事。

 

そこには、私のモヤモヤ、イライラの理由がこれでもかと詰まっていました。

「これだ!これだ!」

といちいちスカッとする思いがして、憑かれたように本を読み漁りました。

 

私の母は、典型的な高度成長期の妻のひとりです。

結婚して会社を辞め、パートで働く許可を夫に請うて、文句を言いながら夫の世話を焼いています。

 

「ダメね、男の人は。ひとりじゃなんにもできない。結局握ってるのは女の人よね。」

 

こんな姿勢を、

『搾取される側が、自分を慰めるために絞り出しがちな負け惜しみ』

とぶった切るような本を読み続けた結果、たまに自分でよくわからなくなってきます。

 

この知識、もしやなかったほうが幸せだったのでは?

離婚した夫が、子供の親権が母親(別れた妻)にばかり行ってしまうのは男性差別だ、

と盛り上がっているTwitterの投稿に出会いました。

 

もともと、1954年ころまで、子供は家に属するものだとされていて、離婚すると妻は子供を置いて家を出なければならず、子供と離れるのが嫌で離婚できなかった女性がたくさんいたそうです。

その後、子供の権利が確立されて、離婚後子供にとってよりよい環境を、ということで、普段お世話をしている母親が連れて出ることが主流になった、という流れです。

子供と女性が、基本的人権を勝ち取った形で、現在があるんです。

 

・・・ってそんなことを、例えば知りもしなかったとしたら、

 

『男性差別があるなら女性差別があっても仕方ないのか。

だったらいまをいかに楽に過ごすか、気の持ちようか?』

 

と考えていたかもしれません。

いまこうして、持ってしまった知識を、いまから捨てたいとは思いませんが、

そもそもそんな情報、知識があることすら知らなかったら、そのほうが私は幸せだったのでは?とたまに思うんです。

差別を受けていることも、搾取されていることも、差別していることも、搾取していることも知らなければ、

いまを楽しむ工夫に集中できたのでは、なんて。

 

しかも、こうして私がブログに書くことで、そんな情報、本があることを知る人もいらっしゃると思います。

そんな人にとって、それが本当に幸せなことなのか、たまにわからなくなるんです。

って書いちゃうんですけどね、結局。。

 

女性だからと言って選挙権がないことはおかしい!

と思ってしまった昔の女性が、苦しみ、戦い、年月を経て選挙権を勝ち取りました。

そんな女性たちの横で、平和に現状で満足しようとしていた女性たちもいたはずです。

「女だから仕方ない。だからこそ逆に楽できる部分もある。いまの平和を乱さないで欲しい」

と思った女性もいたんじゃないかな、って。

未来を生きる私は、選挙権を勝ち取っておいてくれてとてもありがたいと思いますが、未来の女性たちのためのことが、必ずしもいまの女性たちのためになることではないのかな、なんて。

 

いまの私は、『ドラえもん』を見ても、しずかちゃんのお風呂に男の子たちが侵入する、というシンボリックなシーンに引っかかってしまうわけですよ。

女の子や女性は、男の子、男性が『楽しみ、消費する』対象である、ということを表現しているんだと、気づいてしまうんです。

それを子供の番組でやってはいかんだろ、と思ってしまうんです。

だからこそ最近の『ドラえもん』ではしずかちゃんのお風呂のシーンはなくなってきましたが、

それを見て夫は、

 

「過敏すぎる」

 

と眉をひそめるわけです。

 

そう言われると自分でも、「私って過敏すぎるのかな?」と自信がなくなるんです。

「そうそうしずかちゃんのお風呂ねー。お決まりのパターンだよねー」

と笑って見過ごしていられたのに、もうその感覚は私はなくしてしまったな、って。

私はどうも、平等や公平を強く求めてしまう性格なんですが、みんながみんなそうなわけでもないので、知識が仇になることも、あるような気がしたり、しなかったり。

 

 

より良い未来を、子供たちには生きて欲しいと思います。

でもその上でいま自分がどうすべきなのか、わからなくなる時があります。

 

ほらね、案の定まとまりのない記事になりました。

こんなんで、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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最後までお読みいただきありがとうございます。

ひとりでできることには限りがある。

コメント一覧
  1. んー、難しいですが。
    敏感すぎる、と思うのは、鈍感すぎる?当たり前と思われた世代に生きたからじゃないですかね。。

    私は女性がが声をあげることに同じ女性が、余計なことを。。と思っている人はいるとおもいますよ。でもそれはこの事に限らず、何でも相対の考え、思いてあると思うんですよ。
    でも、いまこの流れになっているのは、やはり今の時代なのかな、とおもいます。
    気づかなくても良かったこと、でも気づいたら世界が開けてきた、ってあるから、だからいまこの流れの世の中なんじゃないでしょうかね。
    流れについていけない男性多そうですけどね。

    • mitadeさん、難しいですよね。
      気づかなくてもよかったこと、でも気づいたら世界が開けてきた、それも確かにありますよね。
      しかしこの場合、気づけば気づくほどに、憤り、腹立たしさが増えるわけですよね。
      自分がそんな状態になってしまったのはまだいいとしても、そんな人を増やすことに自分が加担していいものなのか、とたまに立ち止まってしまいます。
      でもありがとうございます。お声いただけて嬉しいです。

  2. フェミニストの母に育てられたので、
    しずかちゃんの話よくわかりますー

    学生時代、山手線の浜松町駅ホームへの階段付近に
    強風注意の看板があり、それが女の子のスカートが風でめくれパンツがみえて困ってるみたいな絵で、
    ひどいセクハラだ!と憤慨してたのですが
    周りの友達(男女)誰一人何とも思ってなかったです…

    東京医科大の女子学生入試得点操作など、
    日本は女性に対する差別、人権侵害など
    はびこっていますが、

    そういう問題があると知った上で
    自分の生き方を選択したほうが幸せかな~
    と思っています。

    • ゆげちゃんさん、スカートの看板じゃありませんが、街中でも電車の中でも、そんな表現はいたるところにありますよね。
      知らない人は気づきもしない。
      でも気づきもしない時点でそれでいいのか・・・それが虐げられて苦しむ人を作ることになる、それは事実なんですが、
      気づいてしまう不幸もあるというか。
      知らずに虐げられているまま、そのまま知らずに終えるほうが幸せなのか・・・
      おっしゃるとおり、知った上で自分で選択すればいいのか・・・
      どっちが幸せか、と聞かれたら私は答えを持っていないことに、ふと気づくんですよね。
      でも、ありがとうございます。コメントいただき嬉しかったです。

  3. 掘り下げていく人がいるからこそ、今の社会の仕組み、医療などなどが進んでいくんだと言われたことがある。
    掘り下げていく時って、ふとなんでこんなことしてるんだろう?それそこ知らない方が良かったって思ってしまうことがあるけど、掘り下げずにはいられない。
    自分の気持ちの思うがままに!
    みゆきさんの後ろに道が出来てる気がするよ!!

    • miminosuke31さん、掘り下げていくからこそ進む、ですか…確かにそうですよね。
      そう。掘り下げずにはいられない。
      でもほんと、それが自分やほかの人の幸せのために役に立っているのか、とたまに周りを見渡したくなる気持ちになります。
      見渡してみて、ポツン・・・みたいな。
      私の後ろに道なんて、あるのかなぁ。
      とはいえ結局掘り下げてしまうんですけどね。

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