
おはようございます。みゆきです。
12歳と10歳の息子ふたりを育てています。
父がそろそろ最期を迎えそうとのことで。
当たり前に、父のことをよく思い出しています。
子育ては母に任せきりだったとはいえ、
毎日一緒にご飯を食べられるくらいの時間には帰ってきていたし、
週末は一緒に出掛けたりしていたので、
思い出はたくさんあります。
父の人生は、どんなものであったのか。
それを父自身がどう思っているのかと、
勝手に考えを巡らせたりしています。
私には知り得ない彼の人生があり、
後悔もあり、幸せがあり。
でもひとつ思うのは、
42年ひとつの会社で定年まで働いて、
やっと60歳で退職して好きなように生きていた父。
脳梗塞で倒れたのが64歳でした。
そこからやはり、思うように動けなくなりました。
せっかく好きなことだけやって生きていけたはずなのに、
病気になっちゃったのは本当に気の毒でした。

走馬灯というやつは本当にあるのか。
臓器や脳が徐々にシャットダウンしつつある状態であろう今の父が、
何を思い、もしくは何も思ってもいない状態なのか。
わからないけど、
結局は月並みなことに至りますね。
というか、本当に大切なことは大抵、
月並みでシンプルなことなのかな。
今死んでも後悔がないように、生きよう。
いやまあ正直、
私は既に、
今死んでも悔いはないです。
もちろん、子供たちの成長は見たいし、
もっとピアノ上手くなりたいから
全然死にたくないけど、
仮にひょんな巡り合わせで死んでしまったとしても、
我が人生に悔いなし。
素敵な息子ふたりもいるし、
夫とも熾烈な戦いの末に仲良しになったし、
念願のピアノを毎日弾けて、
毎日大好きな本が読めて、
毎日大好きな猫と遊んで、
私は幸せです。

父のことを考えていることもあり、こうも思うんですよね。
なんだか結局私は、
アメリカへ留学したり、
バイトしたり就職したり、
恋をしたり、
徹夜で仕事したり、
出張に行ったり、
泣いたり笑ったり
ぐるぐるぐるぐる回って、
最終的に横浜の実家と同じ状態に
戻ってきたんじゃないか、って。
本がいっぱいあって、
ピアノ(昔はエレクトーン)を毎日弾いて、
猫(昔は野良猫)と遊んで。

だから要は、
私は元々幸せなところに生まれたから、
だから今も変わらず幸せなんです、多分。
幸せがデフォルトだったから。
その幸せをなぞっただけ。
いやいや、私の人生はまだ終わりませんし、
ここからさらに波乱万丈!
の可能性もあるのですが、
我ながら倹しいなと。
でも、普通の倹しい幸せが、
実はいちばん得がたいものであって、
生まれた時からそれを与えられていた私は、
とにかく幸運であったわけです。
この幸運をそのまま、
息子たちに受け継げていたらいいけど、
それを評するのは彼らです。
いま死んでしまうかのように生きる。
これは実は難しいことですが、
その難しいことをできるようになるのも年の功ではないでしょうか。
引き続き、自分を甘やかしていく所存です。
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お忙しいところすみません。。
いつも応援ありがとうございます。

