ひとり本を読みながら寝る7歳。忘れていた宝物があったこと。

 

おはようございます。みゆきです。

7歳と5歳の息子ふたりを育てています。

 

長男が生まれて新生児を育てていた時、

多分私『産後うつ』だったと思います。

幸運なことに自力で戻ることができましたが、

戻れなかったことも考えうるところにいたと思います。

 

当時何がつらかったかっていくつかありますが、

今思うと、

ゴールがどこの何で、今自分がどこにいて、ゴールへ道筋がどんなものなのか、

それがさっぱりわからなかったことが、私にはいちばん辛かったのだと思うのです。

 

ここで言う『ゴール』は決して『子育てのゴール』ではありません。

そんなもんはほぼ無いも同然だということはわかっていたのですが、

その遥か先のあるか無いかもわからない『子育てのゴール』の道中の、

道標となる一つ先の電柱を知りたかったのです。

この『授乳』という儀式はいつどのように終わるのか、

思うように眠れない日々はいつどのように終わるのか、

この暗中模索感はいつどれくらい薄れるのか、

 

長男生後2ヶ月くらいで行った子育て広場で

1歳半くらいの子を見たとき、

そこへ至るまでの電柱が知りたかったのですが、

保健士さんに聞いても

「あっという間よ・・・」

と『あっち側の人』の微笑みで言われ、

聞くのを諦めました。

 

そんな私にとっては多分、

子供をふたり産んだことは返ってよかったと思います。

長男だけのひとりっ子だったら、

いまだに日々の初体験に全力投球していたでしょう。

次男がいるからこそ、ある程度手が回らないからこそ、

『適当』でも仕方がないという諦めもできます。

 

 

7歳長男が、「本読みながら寝る。おやすみ」

とひとり寝室へ行きました。

 

「・・・」と無言で見送った私。

 

3つ先くらいの電柱が見えたようで、

また少し安心しました。

 

 

長男が生まれた当日の約8年前のあの夜まで、

私は毎晩、寝る前にベッドで寝転んで本を読むという習慣がありました。

30分ほど本を読んで、良い感じに眠くなってきたら電気を消して寝る。

それが私の、毎晩毎晩のルーティンでした。

 

それをあんなにも突然手放すことになるということも、

気づいていなかった妊婦の私。

 

赤ちゃんが生まれたら当たり前ですが本どころではなくなりました。

そして、その他たくさんのルーティンをともに、

私の体から引きはがし、いつの間にか見失ってしまいました。

 

それが突然、気づいたらすぐ近くへ戻ってきていたことを知りました。

長男の言葉で、

「そうか、もうあと数年もしたら、あのルーティンを取り戻せるのか。」

と思い出しました。

 

そうか、そうか・・・

そういえばそうだった。

 

 

長男だったか次男だったかが生まれてすぐ、

母がうちに手伝いに泊まりに来てくれていた時、

「さあ寝ようか」

と私と赤子は寝室へ、

母は別室に用意した母用の部屋へ。

 

母「私はちょっと布団で本読んでから寝ようかな。」

 

私「…布団で…本…そっか…」

 

母「…羨ましいでしょ…?そうだよね、羨ましいよね(笑)」

 

私「うん、羨ましい(笑)」

 

寝ている赤ちゃんを抱っこしながら小声で母と話したこと。

 

 

諦めることに慣れすぎて、

取り戻せることにもなかなか気づかずにいましたが、

もうあと数年。

 

次男が…7歳?8歳とか?

それくらいにもなれば、

兄弟だけの寝室で寝かせて、

(部屋の問題はあるとしても)

10年ぶりくらいに、『寝る前の読書』を取り戻すのだということ、

子供のころの宝物を見つけたような気分です。

 

いざ取り戻してしまえばもはやそれは日常に馴染んでしまうのでしょうけど。

 

今の日常が必ずしも『辛抱』ばかりではないこともまた事実で、

宝物が日常に馴染むころには、

今現在の日常が『帰らぬ宝物』になっているのでしょうか。

 

でも、ここまでの8年は長かった。

 

 

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