6歳児の焦燥 母がしてくれたようには、まだできない『私も6歳』

 

おはようございます。ワーキングマザー・サバイバルのみゆきです。

息子ふたりを育てながら、共働きのお金、子育て、仕事などについて書いています。

 

長男が6歳になりました。

そしてなんとなく、反抗期?思春期?の入り口が見えてきた感があります(汗~)

 

まだまだ『幼児』感は残るので、まだ手に余るというほどではありませんが、

でも新たなフェーズに差し掛かってきたのだと思います。

 

『駄々をこねる』とも、

『愚図る』とも違う、

思い通りにならない状況に対する、未熟さゆえの怒りや焦燥感。

 

先日の場合ですと、

保育園から家に帰ってきて18:30ころ。

 

『ママとラキューを作りたい。』

という願望と、

『かと言って早くご飯も食べたい=ママがラキューをやるとご飯は遅くなってしまう』

という願望と、

 

ふたつの願望に引き裂かれて、

しばし当たり散らしていました。

 

オモチャの剣でソファやクッションを乱暴に叩きながら大きな声を出して

しばらく暴れていました。

 

『仕方ない』を受け入れることを全身で拒否していました。

 

そんな時は危ないので

次男は長男から離しておきます。

 

荒れ狂う長男は目の端で見守りならがも、

無視するふりして夕飯の支度をしていると、

ひとりで勝手に、いつの間にか機嫌を直している、という感じです。

 

これが何歳まで続くのか、

また状況が変わるのか、よくわかりませんが、

これから先に訪れるはずの『反抗期』というやつを想像して

ブルッとします。

 

『反抗期』はとにかく、

せっせとご飯だけ『お供え』して、

見守りながら嵐が過ぎるのを待つべし。

 

という先輩ママの呟きをTwitterで見つけ、

 

「なるほど、お供えはわかりやすい。」

 

と膝を打ちました。

 

私だって子供の時、思い通りにならずに腹を立てていた覚えがあります。

そのたびに、辛抱強く、静かに、腰を据えて、何度も言い聞かせてくれた母を覚えています。

 

いま思うと、

母からは

『私がこの子をちゃんと育てるのだ。ちゃんと教えるのだ。』

という気概というか、気迫を感じました。

 

母の思う『人として最低限覚えておくべきこと』があり、

彼女の気概や気迫が、いい意味で逃げ道を塞ぎ、

ジワジワと根気よく、何度も何度も刷り込むように、

私にそれらを私に教え込んでくれたのだと、今は思います。

 

幼稚な反抗期の最中の私が、

母から手渡された何かを、『バシッ!』とひったくるように受け取った時、

 

「そんな受け取り方はいけない。」

 

と断固たる厳しい口調で、

でも静かに冷静に、

何度も何度も、何度も何度も言われました。

 

いざ自分が子供を産み、育ててみると、

手は出ないものの、つい大きな声で怒鳴ってしまったり、

乱暴な口調を使ってしまうことがあります。

 

暴力や怒声でしか教えられないことなんてない。

どちらも、『何度も言い聞かせる』という手間を惜しんでいるだけ。

 

どこかで読んだこのフレーズと、

とにかく根気よく、しつこく諭してくれた母の顔、声が重なります。

あの頃の私のように6歳の長男が、

私の手から、ひったくるように何かを受け取った時、

いろんな記憶がよみがえってきました。

 

少しだけ長男に顔を近づけて、目を見て、小さな声で言いました。

 

「そんな受け取り方をしては、いけない。」

 

何も言わずに振り返って歩き去っていく長男の背中を見て、

母に育てられてよかったという思いが、

湧きました。

 

ひったくるように受け取った長男も、

仕草とは不釣り合いに、

口からは

 

「ありがとう」

 

という言葉が自然とこぼれ出てしまう様を見て、

少し安心もします。

 

どれだけ怒っていても、

癇癪を起していても、

兄弟ゲンカしていても、

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

が自然と口から出てしまう長男に、

繰り返し教えることの意味と意義を見ます。

 

私もまだ親として6歳。

一緒に頑張ろう。

 

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