私のプレゼント哲学 思考停止エリアは人それぞれ

 

前も書いたような気がするんですが、10年ほど前、夫と付き合い始めて初めての彼の誕生日。

私のアパートでふたりでお祝いをしようと、私は彼に内緒でケーキをオーダーし、私が好きだったフェラガモのお財布をプレゼントしました。

すると彼は、

「ありがとう」と言った後に、こう続けました。

「でもプレゼントは、もらう人がいちばん欲しいものをあげるべきだと思うから、次回からは何が欲しいか聞いて欲しいな」

 

ふーん…て感じでしたが、その後の私の誕生日にも何が欲しいか聞かれたので私もお財布を買ってもらいました。

そしてだんだん、彼の誕生日プレゼントは、聞いても欲しいものがない、と言うようになりました。

大人になると難しいですよね。欲しいものは大体持ってるし、純粋に欲しいものと、人に買って欲しいものも違います。

そしてこの前、夫の甥っ子が高校に入学したということで、入学祝を贈ろうということになりました。

何を贈ればいいか、夫は悩みに悩み倒し、

「どうしたらいいの?」

と何度も聞かれたので、

「本人に何が欲しいか聞いてみたら?」

と答えました。

 

すると、本人に聞いたら絶対ゲームって言うし、ゲームはオレはあげたくない、と。

そーですか、なら、あげたいものあげれば?

って感じなんですが、そうなるともう、何をあげたらいいのか、さっぱりわからない、

と苦悩していました。

 

あまりにも「どうすればいいの?」と何度も聞かれるので、私のプレゼント哲学を説明しました。

 

夫の場合は、欲しいものを聞いて欲しい、と本人が言うので聞いていますが、いつもは私は相手には聞きません。

誕生日プレゼントであれ、出産祝いであれ、どんなプレゼントであっても、

何をあげるかそのプレゼントには、あげる側の気持ちが反映されていて然るべき、だと私は思っています。

もらう側にとっては、そんなに欲しいものではないかもしれません。

予想もしていなかったものかもしれません。

でもそれこそが、プレゼントの醍醐味です。

 

人は大抵の場合、欲しいものは自分で買います。

プレゼントとは、あげる側が、相手を喜ばせたい、と思いを巡らせて、その人のことを頭に置いて、その人のこと、その関係のこと、過去の思い出などを踏まえて、それを品物に落とし込むプロセスであり、体験です。

その上で、最終的に現金に落とし込まれたとしても、それがベストな選択である時と間柄もあります。

形のないものに落とし込まれることもあります。

 

プレゼントの根幹は、何をあげるか、何をもらうかではないと、私は思っています。

 

…と夫に私の考えを説明しました。

正しいとか悪いとかそういうことではなく、私はこう思うと。

↑これも、20年来の友人にいただいたもの

 

「なるほどね~…」

と言った彼は、それ以来「どうしたらいいの?」とは聞かなくなり、

最終的に、16歳の若者に、Amazonギフト券にメッセージを付けて贈りました。

『できれば半額くらいは、本を買って欲しい。

今度会ったとき、どんな本を読んだか教えてくれ。』

 

彼らしい、若者へのメッセージと、想いのこもったプレゼントだったと思います。

 

ちなみに夫は、10年前に私があげたフェラガモの二つ折りの財布を、いまだに使っています。

物を大切にする彼にかかれば、10年経ってもピカピカです。

 

 

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